オオキツネタケのゲノムから得られる菌根共生についての手がかり

 NATURE| Vol 452|6 March 2008, p.88-93の翻訳。

要約
菌根共生―根と土壌菌の結合―は陸上の生態システムにおいて一般的であり、また植物による陸地のコロニー形成にとって重要だったかもしれない1,2。亜寒帯、温帯また低山帯森林はすべて外生菌根に依存している。ゆえに、共生の発達と代謝活性を調節する、主要な因子に関する知見は、植物の発達と生理機能における外生菌根の役割を理解するための扉を開くだろう。そして、この共生の完全な生態学的意義を探査することを可能にする。ここで、我々は外生菌根の担子菌Laccaria bicolor(オオキツネタケ)(Fig.1)のゲノム配列を報告し、菌根コロニー形成と共生に関連する遺伝子セットに脚光を当てる。この65-megabase のゲノム集合体は20,000の予測されたタンパク質コード化遺伝子と、非常に多数のトランスポゾンと反復配列を含む。我々は予想外のゲノムの特徴を検出した。もっとも著しいのは、未知の機能を持つエフェクター型の低分子分泌タンパク質(SSPs)一式で、それらのうちいくつかは、共生組織においてのみ発現した。最も高く発現したSSPは、宿主根にコロニー形成する増殖性の菌糸に集積する。外生菌根特異的SSPsは、共生の確立においておそらく決定的な役割を持っている。L. bicolorのゲノムが、植物細胞壁の分解に関わる糖質関連酵素を欠き、しかし非植物細胞壁の多糖類を分解する能力を維持するという予想外の知見は、土壌と生きた植物根の両方の圏内で生育することを可能にする、菌根菌の腐生性と生体栄養性の二重のライフスタイルを明らかにする。ゆえに、L. bicolorゲノムの予測された遺伝子目録は、以前は知られていなかった生体栄養性菌根菌における共生作動のメカニズムを示す。このゲノムの利用可能性は、植物と相互作用する共生生物による、持続可能な植物生産性にとって重要な、炭素と窒素サイクルにおける生命機能を作動するための生態システム内の、より深いプロセスの理解を発展させるための他に類のない機会を与える。


Laccaria bicolor (Maire) P. D. Ortonの65-megabaseのゲノムは、これまで発表された、配列決定された菌類のゲノムのなかで最大である3–7 (Table 1)。L. bicolor ゲノム内で得られた大規模な重複に関する証拠はないが、直列重複が重複遺伝子群内に現れた(Supplementary Fig. 4)。転移性の配列は他の配列決定された菌類ゲノムにおいて同定されたものよりも高い比率(21%)を構成し、それがL. bicolorの相対的なゲノムの巨大さを説明するかもしれない(Supplementary Table 3)。およそ20,000のタンパク質コード化遺伝子が結合遺伝子予測によって同定された(Supplementary Information Section 2)。予測された遺伝子の80%(〜16,000)近くの発現が、NimbleGen customoligoarraysを用いて、自由生活菌糸体(外生菌根の根端または子実体)(Supplementary Table 4)において検出された(Supplementary Information Section 9)。大抵の遺伝子はほとんど全ての組織において活性化される一方で、他の、より特化した遺伝子は、自由生活菌糸体である外生菌根あるいは子実体のような、いくつかの特異的な発生ステージにおいてのみ活性化される(Supplementary Table 5)。
14,464のL. bicolor タンパク質 (70%)のみが、記録されているタンパク質に配列類似性(BLASTX, cut-off e-value >0.001)を示した。大抵のホモログは配列決定された担子菌(Phanerochaete chrysosporium 4, Cryptococcus neoformans 5, Ustilago maydis 6 and Coprinopsis cinerea 7) (Supplementary Table 6)において見出された。重複遺伝子群において見出されたタンパク質のパーセンテージはゲノムサイズと相関しており、L. bicolor において最も大きかった(Fig. 2)。このことは主にタンパク質ファミリーサイズの拡大のためであっただけでなく、他の担子菌との比較してL. bicolor のタンパク質ファミリーが多数であるためであった(Supplementary Table 7)。L. bicolor のタンパク質ファミリーサイズの増大は系統特異的重複遺伝子群において突出している。それらの遺伝子において起こった、標識された遺伝子ファミリーの拡大は、タンパク質-タンパク質相互作用およびシグナル伝達機構における役割を持つと予想された(Supplementary Table 7)。2つのGTPaseα(GTP加水分解酵素)遺伝子の新しいクラスが見出され、それは菌根確立の間、菌体とその宿主植物との間に起こらなければならない複雑な情報伝達に関する候補であるかもしれない(Supplementary Table 8)。拡張しており、また系統特異的な遺伝子ファミリーをコード化しているいくつかの転写物は共生組織および子実体組織において上方制御され、それは組織分化における役割を示唆している(Supplementary Tables 5 and 9)。
 注解した遺伝子、特にパラロガス(種分化ではなく重複によって生じた遺伝子)遺伝子ファミリーについての我々の分析において、我々はL. bicolor の生体栄養性と腐生性のライフスタイルに関連しているかもしれないプロセスに注目した。12の予測されたタンパク質は、病変形成に関わる既知の担子菌のサビ病Uromyces fabae 8とMelampsora lini 9の吸器で発現する分泌性タンパク質との類似性を示した(Supplementary Table 10)。L. bicolor によって分泌される予測された2,031タンパク質以外は、大部分(67%)は機能を決定できず、これらの予測されたタンパク質の82%はL. bicolor 特異的である。このセット範囲で、我々は<300のアミノ酸サイズと予測される、システインリッチな産物をコード化している多数の遺伝子を見出した。これら278のSSPsのうち、69%は重複遺伝子群に属するが、合計で33のSSPsから構成されている9つのグループのみはゲノム内に共局在した(Supplementary Fig. 5)。これらの集団のうち2つの構造はSupplementary Fig. 6に示す。他のSSPsはゲノムのいたるところに存在し、また我々はSSP転移因子ゲノム局在になんの相関もないことを見出した(Supplementary Fig. 5)。転写物のプロファイリングはいくつかのSSP遺伝子の発現が共生の相互作用において特異的に誘導されることを明らかにした(Table 2 and Supplementary Fig. 10)。外生菌根根端においてもっとも高く上方制御される真菌の転写物のうちの5つは、SSPsをコード化している(Supplementary Table 5)。これらの菌根誘導性のシステインリッチなSSPs(MISSPs)はL. bicolor 特異的オーファン遺伝子ファミリーに属する。MISSPsの中に、我々は植物病原菌M. lini 9やMagnaporthea grisea 10のようなCFEMドメイン(INTERPROIPR014005)を持つ分泌性タンパク質(Supplementary Table 10)、またcysteine-knotドメインに関連するゴナドトロピン(IPR0001545)あるいはヘビ毒様(SSF57302)ドメインを持つタンパク質の系統群を見出した(Supplementary Figs 7 and 8)。いくつかのSSPsの発現は外性菌根根端において下方制御され(cluster E in Supplementary Fig. 10)、共生相互作用におけるこれらの分泌性タンパク質間の複雑な関係を示唆している。
それゆえにMISSPsのリッチな組合せは、病原性のサビ病 8,9、黒穂病 6 (U. maydis)、疫病菌種 11に関して示唆されるように、感染時の宿主細胞シグナルの操作あるいは防御経路の抑制におけるエフェクタータンパク質として作用するかもしれない。共生発達における役割を持つために、MISSPsはL. bicolor が菌糸コロニー形成している根端において発現しているだろう。この主張をテストするために、我々は外性菌根先端において最も高い誘導を示している7 kDaの菌根誘導性システインリッチSSP(MISSP7) (JGI identification number 298595)の組織分布を評価した(Table 2 and Supplementary Table 5)。2つのペプチド(それぞれ成熟タンパク質のアミノ末端とカルボキシ末端に位置する)は抗MISSP7抗体の生成に関する抗原として選択された。選択されたペプチドはL. bicolor 遺伝子モデルでもPopulus trichocarpa 12ゲノムでも、推定されたタンパク質配列において見出されなかった。間接免疫蛍光法によるL. bicolor–P. trichocarpa 外生菌根根端におけるMISSP7局在はFig.1とSupplementary Fig. 11に図示した。免疫前の免疫グロブリン(Ig)Gを用いて抗MISSP71次抗体によって得られた外生菌根部位コントロール切片のコントロール画像はSupplementary Fig. 12に示した。外生菌根は抗MISSSP7抗体で処理し、続いて蛍光ラベル2次抗体で処理し、蛍光は短根にコロニー形成してる菌糸に局在し(Fig. 1 and Supplementary Fig. 11)、自由生活菌糸では検出されなかった(Supplementary Fig. 12)。MISSP7は根端を鞘で覆っている菌糸マントル層において検出されたが、タンパク質は主に、フィンガー様の、2つの共生生物の細胞間接触の非常に大きな領域を与える、迷路性分岐菌糸系 (Hartig net)に集積した。それは真菌細胞の細胞基質と細胞壁に集積した。ゆえにMISSP7タンパク質は分泌後に植物成分と相互作用しえた。MISSP7はほかのSSPsと配列の類似性あるいはタンパク質モチーフを共有していない。
MISSP配列の比較は、植物病原性のPhytophthora あるいはマラリア寄生虫のRXLRモチーフ 11のような、潜在的にそれらの機能あるいは宿主細胞へのターゲティングに寄与しうる特異的に保存されたモチーフを明らかにしなかった。子実体において発現を上方制御されたSSPs(Supplementary Table 5 and Supplementary Fig. 10)は性的組織の分化また/あるいは胞子体組織の凝集における役割を持っているかもしれない。興味深いことに、外生菌根根端と子実体の両方における遺伝子発現において有意な変化を示すSSP遺伝子の大きなセットが存在し(cluster A in Supplementary Fig. 10)、両方の発生プロセスが類似する遺伝子ネットワークを動員することを示唆している(たとえば、菌糸の凝集において関連する遺伝子ネットワーク)。
 宿主樹は、菌根菌糸のすばらしい編み物(土壌を透過し、落ち葉を分解する)を、栄養上の利益のために利用することができる。ゆえに外生菌根の相互作用の成功に中心的なプロセスは、共生生物とその宿主植物間の栄養の公正な交換である1,2,13。他の担子菌との比較(Supplementary Table 12)は、推定されたトランスポーターの総数がL. bicolor においてC. cinerea やP. chrysosporium と比較して大きいということを明らかにした。興味深いことに、L. bicolor は単一の硝酸透過酵素をコード化しているが、複数のアンモニアトランスポーターを持つ。アンモニアはほぼ間違いなく外生菌根菌の最も重要な無機窒素原である14。たとえば、アンモニアトランスポーターの一つ(AMT2.2)は、外生菌根において大きく上方制御される(Supplementary Table 5)。ゆえに、L. bicolor は他の担子菌と比較して、窒素の取り込みの関係における増加した遺伝的潜在性示す。これらの能力は有機物の分解に由来する窒素源の圏内に曝露されているL. bicolor と一致している15。
L. bicolor ゲノムは、プロテアーゼやリパーゼのような、重要な加水分解酵素をコード化している多数の遺伝子を含んでいるが、我々は植物細胞壁(PCW)のオリゴ糖と多糖の分解に関連する酵素数における極端な減少を認めた。配糖体加水分解酵素、糖転移酵素、ポリサッカライドリアーゼ、糖質エステラーゼとそれらの補助的な糖質結合モジュールは、糖質活性酵素(CAZyme)分類を用いて同定された(http://www.cazy.org/)。L. bicolor候補CAZymesと真菌性植物病理性物質との比較は共生の酵素レパートリーの適応を確証させ、宿主との相互作用のために用いられた戦略を明らかにする(Supplementary Tables 13 and 14)。PCW CAZymesにおける減少はほとんどすべての配糖体加水分解酵素ファミリーに影響をおよぼし、結果的にいくつかの重要なファミリーが完全に欠如する。たとえば、ゲノムにおいて見出された唯一の真菌性セルロース結合モジュール(CBM1)に付加された一つの候補、セルラーゼ(glycoside hydrolase 5, GH5)とのみが存在し、GH6とGH7のファミリー由来のセルラーゼはない(Supplementary Table 14)。類似したヘミセルロースペクチンの分解酵素の減少または欠失もまた注目された。これらの知見は、L. bicolor のPCW-分解酵素の目録が共生のライフスタイルへの適応の結果として広範囲な遺伝子を決失し、この種が土壌や落ち葉におけるものを含む炭素原として、現在多くのPCW多糖を使うことができるということを示唆する。残存している、植物多糖において潜在作用を持つ分泌性CAZymesの小さなセット(たとえば, GH28 polygalacturonases)は、それらの発現が子実体と外生菌根の両方で上方制御されたので、おそらく真菌組織分化時の細胞壁再構築のために要求される(Supplementary Table 15 and Supplementary Fig. 13)。対照的に、エクスパンシンドメインを持つタンパク質をコード化している転写物は外生菌根においてのみ誘導され、それらが根のアポプラスト空間内に貫通するためにL. bicolorによって用いられるかもしれないことを示唆している。(エクスパンシンは植物細胞壁伸展性調節因子)
 その菌根と宿主の共生以前に生き残るために、L. bicolorは非植物性の(たとえば、動物性や細菌性の)オリゴ糖や多糖を分解する能力を発達させたと思われる。このことはGH79のファミリー由来のCAZymes、ポリサッカライドリアーゼ8(PL8)、PL14、GH88の保持によって示唆される(Supplementary Table 14)。興味深いことに、L. bicolorゲノムにおいて転化酵素遺伝子は存在せず、この真菌が植物から食説にスクロースを使用できないということを意味している。(転化酵素はショ糖をグルコースとフルクトースに開裂する酵素インベルターゼ)このことは、L. bicolorが窒素のための交換におけるグルコースの供給のために宿主植物に依存しているという初期の知見16と一致している。我々は、推定上のキチン合成酵素β-グルカンで作用している酵素の増加した数にほとんど完全に由来する、真菌細胞壁の合成と再構成に関連するCAZymesの拡張にも注目した(Supplementary Table 14)。いくつかの対応する遺伝子は、子実体または菌根の形態のような細胞壁変質を要求する発生プロセスにおいて上方あるいは下方制御される(Supplementary Table 15 and Supplementary Fig. 13)。
外生菌根真菌はよく分解された有機物由来の窒素の動態化において重要な役割を持つ2,15。ゆえに、土壌に透過している菌糸ネットワークは広くさまざまなタンパク質分解性酵素を発現していると予想されるかもしれない。同定された分泌性プロテアーゼの総数(116 members)は(Supplementary Fig. 14)、他の配列決定されたC. cinerea や P. chrysosporium のような腐生性担子菌と比較して相対的に大きい。分泌されるアスパラチル-、メタロ-、セリン-プロテアーゼは腐葉の分解における役割を持つかもしれず15、以前示唆されたように17、L. bicolorが動物起源の窒素を使用する能力もまた持つことを確証させる。いくつかの分泌性プロテアーゼの発現が、子実体と外生菌根根端において上方あるいは下方制御されるゆえに、それらは発生プロセスにおける能力もまた持つかもしれない(Supplementary Table 16)。ゆえに、L. bicolor 菌糸コロニー形成している有機物によって形成される菌糸体のマットは分解リター由来のタンパク質を分解する能力を持つ。遺伝子スペースの我々の分析は低栄養環境のなかで、異種間での高栄養ニッチ(生きた宿主根と土壌有機物分解)の過渡応答出現の優位性を獲得するために備えた多面的な相利共生生体栄養性を明らかにする。菌根樹木P. trichocarpa 12由来と同様に、相利共生由来、腐生性で病原性の真菌由来のゲノムの利用可能性は現在、真菌による、持続可能な植物生産にとって重要な炭素および窒素サイクル2における生命機能を機能させるための木材と土壌リターへのコロニー形成、およびその生態系内における生きた植物との相互作用のプロセスのより深い理解を発展させるための、他に類をみない機会を与える。